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帰る場所を知らない




「ソーマさん」

いつもと同じようにざわめいているエントランスで、珍しくアリサに声をかけられた。
実はこの二人、こうして一対一で話すことはこれが初めてである。毎回、誰かしらがもう一人いて会話するという形だったのだ。

「………なんだ」
「サツキさんを見ませんでしたか?一緒に任務へ行く約束してたんです」
「見てねぇ」
「そうですか………」

あからさまに落胆するので、視線だけで続きを促した。

「約束の時間をもう30分も過ぎてるんです。こんなこと一度もなかったのに………」
「連絡はとったのか」
「さっきからずっとしてますよ。でもコールが鳴るだけで出ないんです。寝てるわけでもないですし」
「……………」

ぐるりと周囲を見回し、耳をすませる。しかし遠くまで見えるいい目も、小さい音でも拾う耳は、サツキの姿を捉えなかった。
代わりに、

「なぁ、知ってるか?第一部隊の周サツキ、告ってきたヤツを殴ったらしいぜ」




「どうしたの、二人とも。そんな血相かえて」

男に問いただして、サツキがどこにいるかを聞くと病室にて手当てを受けていると聞いて、慌て向かった。そして病室の扉を開けると、右肩を包帯で巻かれているサツキに出くわした。
が、ソーマはすぐさまアリサによって閉め出された。なにせ、サツキはトップスのテーラパーカーの下は下着だけで、つまり包帯を巻くとなると素肌を晒さなくてはいけないわけで。

「サツキさんっ恥じらいを持ってください!」

バッチリ(右側のみだが)下着姿を見たアリサの方が真っ赤である。

「いやぁ、でもこんな貧相な身体に欲情しないでしょ」
「そーいう問題じゃないですっ!」




右肩にヒビ、全治に約一週間
左足首に打撲、全治に約三日
どちらも絶対安静ならこの期間で治るらしい。この普通ならありえないぐらい短い期間なのも、ひとえにゴッドイーターであるからだ。
ともあれ、任務は暫く休まなければならないことは明白である。

「あーあ、出費のみはお財布が痛いよ………せめて自分で歩けたらなぁ」
「その分、完治が遅くなるな」
「だって今!凄い恥ずかしいんだもんっ」

ツバキから詳しい事を聞きたいとの連絡が入ったため、サツキはソーマに抱えられて支部長室に連れられていた。アリサは騒ぎを聞き付けたタクマとコウタと共に、予定していた任務に行ってしまい、いない。

(ソーマって、こんなキャラだっけぇ?)

恥ずかしくて恥ずかしくて、そんな二人を見たツバキの物凄く驚愕した表情に気づくことはなかった。




「お前もなかなか重傷だな」
「一週間も任務に行けなくなっちゃったんですよー」
「相手は一ヶ月だがな」
「ヤワですねぇ」
「笑い事ではない!」

鋭い叱責が飛ぶが、サツキは気にした風でもない。飄々とした態度を崩さなかった。

「何があったか詳しく話せ。理由如何によっては処罰を下す」
「えぇーあっちには聞かないんですか?」
「………気絶しているからな、まだ聞ける状態ではない」
「ありゃまぁ」

いったい何がどうやってそんな状態に出来るのか。まぁ人当たりはいいように見えるのだが、こう見えて時と場合によってはかなり冷酷になる。



「仕方ないんです。押し倒されたもので」




アリサを待っているときに、見知らぬ男から話したいことがあると言われ、それがすぐに終わるとのことだったからついていった。同じゴッドイーターだし、自分は第一部隊だから何か相談なのかと思ったのだ。しかしやけに人気の少ない倉庫室に来て、次第に怪しみ始めた。そして突然襲いかかってきたのだ。

「体重かけられて、両手も押さえつけられて身動き出来なかったので、口づけされるがままに」
「ソーマ、席を「えぇ~こっからが面白いのに。で、ですね舌を入れてきたんで」

「思いっきり噛んでやりました」

とても晴れやかに、サツキは笑った。

「多分左利きなんでしょーかね。その時に右肩を殴られてヒビが入っちゃったと」

その後は大乱闘だった。といっても終始サツキが優勢であったが。なにせ相手は鍛えようのない舌を噛まれているのだし、なかなか血は止まらないのだから。

「まーでも少ないゴッドイーターの一人を一ヶ月も使えなくしたわけですし、処罰するならばなんでも受けますよ?」
「…………いまの話を聞いて、するわけがないだろう。むしろするならあっちだな………全く、こんな不祥事が起きるとはな。私もまだまだというところか」
「あ、じゃあお咎めナシってことですか?」
「そういうことだ。ソーマ、連れていってやれ」
「って、またさっきの運び方?!」

「肩貸してくれるだけでいいのにー!」




(とりあえず、誰とも会わなくてよかった………)

なんとかかんとか自分の部屋まで来れて、一息………は、まだつけない。すぐに降ろしてくれるのかと思ったらそのまま部屋を横断し始めたのだ。

「…………」
「…………えーと、何?」

降ろされたのは簡易台所の水道前。それでも腰は抱えられたまま。

「――――口」
「へ?」
「口、すすげ」
「あ~………」

正直、男の感触やら血の味やらがまだ残っているようで気持ちが悪かったのだ。

「んーじゃあ手を離して………くれませんね、はい」

無言の圧力か気迫だかで、尻すぼみとなってしまった。

(怒ってるのはわかるんだけど………)

何に対してなのかわからない。

(顔立ちがいいぶん、怖いの倍増)

ひとまずゆすごうと、蛇口に手をかけた。




「そういえば、任務は?」
「緊急召集がなけりゃ、フリーだ」
「ふぅん」

おかしい
なんで自分の部屋でソーマにもてなされているのだろう

(いやっ立てないから仕方ない………のか?)

「――――おい」
「なっなに?」
「強がるな」
「へ?」
「震えてるぞ」

サツキの口が引き締まる。もう一度、繰り返した。

「強がるな」




「だって、ね。前にも一回あったけど、誰も助けてくれないんだよ?関わりたくないの、報復が恐ろしいの。だから私が訴えたって、誰も味方になんかなってくれなかった」
「………サツキ」
「私が泣くと下の子達が不安がるから泣くなって、落ち込むことさえ許されなかった」
「サツキ」
「私は誰に頼ればいいの?私はそんなに、強くないよ」
「サツキ、わかったから」

静かに涙を流す##NAME1##を、傷が痛まない程度にソーマは抱き締めた。
サツキは今十六歳だ。以前に、ということは十四、五にあったということだろう。その時に傷ついた##NAME1##の心は孤独にさらされた。たった一人で耐えて、なんでもないように振る舞わされ、さらに傷ついたのだ。

「どうしてみんな、消えちゃったのかな」




泣きつかれたのか、ソーマの膝の上で眠ってしまったサツキを起こさないように抱き上げてベッドまで運ぶ。泣きたいだけ泣いたからか、その寝顔は年相応より幼く見えた。いつもはすました顔でリンドウやツバキと対等に話したりすることがあるから余計にそう見えるのだろう。

「………ん」

寝づらいようなので、髪をほどいてやり鋤いてやった。

この小さく細い体で、どれだけのことを堪えてきたのだろうか

両親は死に
兄は生死さえわからない



帰る場所を知らない彼女



とりあえず、起きるまでここにいてやろう




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